預金残高=失った体験の機会の総額。

言葉

人生を豊かにするために、どういう考え方で生きようかと考えていたとき、この言葉に出会いました。

 貯金通帳を、開いてみよう。残高の数字は、あなたの生活の安心を保証しているものだと思う。だが、本書を読んだ後では、どうだろう?

 その残高は、あなたがいま失っている、たくさんの機会の総額だ。

あり金は全部使え 貯めるバカほど貧しくなる マガジンハウス 堀江貴文

こちらの本に書かれていた言葉です。

私は以前勤めていた銀行で、「お金に色を付ける」という言葉を習いました。

何もしなければ何の色もついていないお金に、それが何のためのお金であるのか意味をつける、ということです。

 

今まで私は「何となく将来のために」、「何かあったときのために」と思って、月いくら、という金額の決め方で貯蓄をしてきました。

それはそれでよかったこともあります。引っ越しや新生活にあたって、お金を貯め直す必要がなくて済んだ、など。

 

しかし、その過程で色々な我慢・節制をしてきたのも事実。冒頭の言葉に出会って、これから先もずっと「何となくの貯蓄」をしようとは思わなくなりました。

 

今、私は30代前半。ふと気が付くと、これまでずっと「将来のために今は」という言葉をずっと使い続けてきた気がします。「なんか俺、ずっと準備体操してないか?」と感じたこともありました。

このまま準備体操で一生が終わってしまうのは、あまりにむなしい……。

 

本番は常に今、もっと自分の思うままに、今この時を生きよう。

 

小さいことから始めてみました。例えば、行きたいカフェに行って、食べたいと思ったものを食べる。

先日、1,250円のパフェを選んで食べました。桜の味が濃くてとても美味しい……。こんなに深い桜の味は初めて。なんておいしいのか、知らなかったことを体験できた感覚がありました。

今までの私だったら、注文するものを値段と量を見て決めていたと思います。

 

もちろん、自分の貯蓄・手持ち以上の支出をするとか、選びたくもないのに高い方を選ぶなど、支出することが目的になるようなことはしません。かけたいところにお金をかけ、かけなくてよいところにはかけない、ここを大事にしています。

人生100年時代と言われますが、今の自分は今しか存在しません。今の自分の感性で物事を体験できるのは今しかない。それをよく分からない・もっともらしい「将来のために」という言葉で消してしまうのはもったいない。全力で人生を生きていないような気にもなります。

 

キーワードは【体験】です。

 

我慢や節制を続けていると、自分がしたいことや好きなことすら分からなくなってきます。

子どもの頃は、「あれが欲しい」「これが好き・嫌い」とはっきり言えていたのが、最近は欲しいものや食べたいものを聞かれても「あーなんでもいい」と答えることが増えました。自分の欲求が分からなくなってしまっている……。これは恐ろしいことだなと感じます。

今回出会えた言葉をきっかけに、【体験】をキーワードに今を全力で生きようと思います。

刺激になりますので、ぜひ読んでみてください。

コメント

タイトルとURLをコピーしました